「保険がよくわからないまま契約している」方へ ― ライフサイエンス特化代理店が見た、最近のマニアックな相談から

保険の話は、どうしても難しく感じられがちです。特にライフサイエンス業界(製薬・CRO・医療機器・学術病院)では、通常の企業保険の知識だけでは太刀打ちできない「業界特有の落とし穴」が数多く存在します。今回は、私たち株式会社TSIが実際にご相談を受けた案件の中から、専門用語をできるだけかみ砕きながら、いくつかご紹介したいと思います。登場する事例はすべて特定を避けるため一般化・匿名化しています。

ケース1:「個人でGxPコンサルタントとして独立したら、保険で詰んだ」というご相談

製薬業界で30年以上、GCP監査やPMDA査察対応支援に携わってこられた方が、ご自身の専門性を活かして個人でコンサルティング会社を立ち上げられました。順調に海外のCRO数社と業務委託契約の話が進んでいたのですが、そこで壁にぶつかります。

契約先の海外企業(アメリカ、ドイツなど)は、それぞれ「Professional Liability Insurance(専門職業賠償責任保険)」への加入を契約条件として求めてきました。しかも1社は「訴訟が起きた場合の管轄地はドイツ・イギリス・アメリカ・オーストリアのいずれか」という契約条項を提示してきます。

ここが一つ目の盲点です。国内の損害保険会社が提供するCRO業務賠償責任保険は、基本的に「訴訟地は日本国内」であることを前提に設計されています。海外を訴訟地とする契約条項に、そのまま対応できる国内保険商品は多くありません。

さらにもう一つ壁がありました。設立したばかりの会社は実績も契約実績もゼロです。保険会社の中には、こうした「新規事業(操業実績なし)」を理由に、引き受けそのものを謝絶するところもあります。

私たちはここで、複数の保険会社に同時並行で相談を持ちかけました。ある保険会社には事業計画書と売上見込みを提示して暫定保険料算定の可能性を探り、また「訴訟地がどこであっても、賠償責任が発生した事実に基づいて世界中の保険金請求に対応できるか」という、保険会社ごとに解釈が異なりやすいポイントを一つひとつ書面で確認していきました。契約書の管轄条項と保険約款の担保範囲は、似ているようで別物です。ここを混同したまま契約してしまうと、いざという時に「保険はあるのに使えない」という事態になりかねません。

ケース2:数万人規模・7か国が参加する国際共同治験 ―「治験保険」は一つではない

ある感染症ワクチンの第Ⅲ相国際共同治験(被験者2万人超、実施国は7〜9か国)のご相談をいただきました。ここでよく誤解されるのが、「治験保険に入っていれば、治験にまつわるリスクは全部カバーされる」という考え方です。

実際には、既存の保険で対応できているものと、そうでないものを一つずつ切り分ける必要があります。今回のケースでは、被験者への補償や専門職業賠償(E&O)、施設賠償(CGL)といった基本的な部分は既契約でカバーされていた一方、サイバー保険は未加入で、新規に検討が必要な状態でした。国際共同治験では各国の規制当局への申請資料の中に電子データのやり取りが大量に含まれるため、サイバーリスクは決して他人事ではありません。

もう一つ、意外と知られていないのが「保険証明書はIND申請やIRB(倫理審査委員会)申請の前提条件になっている」という点です。つまり保険の手配が遅れると、治験そのものの開始が遅れてしまう。保険は治験のスケジュールを左右するクリティカルパスの一部なのです。

また案件によっては、依頼元の提案依頼書(RFP)に「insurance broker(保険仲立人)を使うこと」と明記されているケースもあります。日本の制度では「保険仲立人(ブローカー)」と「保険代理店」は法的に異なる立場で、実務上どちらでも対応可能な場合とそうでない場合があります。このあたりは発注元企業側の担当者も正確に理解していないことが多く、事前にすり合わせておかないと、契約直前になって振り出しに戻るということが起こり得ます。

ケース3:自主回収(リコール)保険の「まさかここまで」な盲点 ― 人件費・梱包資材・分割配送

製品の自主回収(リコール)に備える保険について、実務担当者から具体的な質問をいただいたことがあります。「回収にかかった従業員の人件費は対象になるのか」「梱包資材の種類によって扱いが変わるのか」「配送を分割した場合の追加コストはどうなるのか」といった内容でした。

多くの方は「リコール保険=回収費用全般をカバーしてくれるもの」というイメージをお持ちですが、実際には約款上、費用項目ごとに担保されるかどうかが細かく規定されています。私たちはこうした疑問点を一つずつ保険会社に照会し、書面での回答を取得したうえで、お客様にわかりやすい資料としてまとめてお渡ししました。

大切なのは、実際に事故が起きてから「これは対象外でした」と分かるのではなく、平時のうちに「何が対象で、何が対象外か」を書面で確認しておくことです。ここを曖昧にしたまま契約している企業は、決して少なくありません。

なぜ、こうした相談がTSIに集まるのか

株式会社TSIは、ライフサイエンス分野に特化した専業代理店として20年以上、治験保険・CRO賠償責任保険・製造物賠償責任(PL)保険などに携わってきました。国内では東京海上日動とチューリッヒ・チャブの双方と取引があるため、一社専属では出せない選択肢を横並びで比較検討できるのが強みです。日本初のCRO業務賠償責任保険の開発に携わった経験も、こうした複雑な案件で活きています。

保険は「入っているかどうか」ではなく「いざという時に、想定通り使えるかどうか」で真価が問われます。契約条項と約款の間、規制当局への申請プロセスと保険手配のタイミングの間には、専門知識がないと気づきにくいギャップが数多く存在します。もし今、契約や保険の内容について「本当にこれで大丈夫なのか」と迷われている点があれば、お気軽にご相談ください。

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